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2年間流れ続けた永久電流―その意味とは?

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研究最前線2021年12月20日

核磁気共鳴(NMR)装置は、科学研究や製品開発の現場で活用されている分析機器です。しかし、この装置に用いる超電導電磁石は大型で、極低温に保つ大がかりな仕組みも必要であることから、設置場所は限られています。そこで、装置を小型化し手軽に使えるようにするため、柳澤吉紀ユニットリーダー(UL)は高温超電導体を使った電磁石の開発に取り組んでいます。最近、電磁石に永久電流を2年間流し続けるという快挙を達成しましたが、それにはどのような意味があるのでしょうか。

柳澤 吉紀(やなぎさわ よしのり)

生命機能科学研究センター機能性超高磁場マグネット技術研究ユニットユニットリーダー1985年千葉県生まれ。千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。2013年より理研基礎科学特別研究員、2016年より研究室を主宰し、2021年より現職。

高温超電導体の導入が待たれるNMR装置用電磁石

NMR装置は、分子の形や物質の性質を詳しく調べるための分析機器だ。強い磁場(磁石の作用が及ぶ空間)の中に液体や固体の試料を置き、外から電磁波を当てたときに得られる信号を解析することで、物質を構成する原子の状態に関する情報が得られる。装置の名前は聞き慣れないかもしれないが、薬や材料の開発、生命科学や物理学の研究など幅広い分野で活用されており、私たちは知らないうちにその恩恵を受けている。ヨーロッパでは、ワインの産地偽装を見破る手法としても活躍している。

NMR装置は、磁場が強いほど(磁石の力が強いほど)分析性能が上がるため、強力な電磁石が求められる。そこで、超電導体の線材(ワイヤー)をコイル状に巻いた超電導電磁石が使われている。小学校の実験で使うような導線でも、流す電流を増やせば電磁石は強くなるが、電気抵抗があるため流せる電流の大きさには限りがある。電気抵抗がゼロの超電導体を使えば、とても大きな電流を流せるので非常に強い磁場を発生することができるわけだ。

ただし、現在広く使われている超電導体(低温超電導体)の線材は、レアメタルのニオブを主体とするもので、電気抵抗がゼロになる温度(超電導転移温度)が-250℃以下と非常に低い。そのため、-269℃の液体ヘリウムを使って冷やしているが、液体ヘリウムは高価な上、取り扱うには大がかりな設備が必要となるため、NMR装置を導入できる研究機関や企業は限られている。

そこで注目されているのが、1980年代後半に発見された高温超電導体だ。「高温といっても超電導転移温度は、例えば-180℃くらいです。でも、ヘリウムより安価な液体窒素(-196℃)や極低温冷凍機で冷やせば超電導状態になるので、これまでに比べると装置をずっとコンパクト・高性能にでき、さらに量産も可能になるはずです」と、柳澤ULは説明する。これは、柳澤ULの夢でもあった。

セラミックス同士をぴったりつなぎたい

だが、高温超電導体をNMR装置の電磁石に使うためには、高温超電導体の線材同士を電気抵抗ゼロでつなぐ「超電導接合」を実現しなければならない。これが難題だった。

2年間流れ続けた永久電流―その意味とは?

低温超電導体の線材は針金のようなもので、超電導体のハンダを使って超電導接合をつくる技術が確立されている。一方、高温超電導体はセラミックス(焼き物)であり、線材は薄い金属テープの表面に高温超電導体を付着させたものだ。この線材とハンダはなじみが悪く、両者の境目で電気抵抗が発生するためハンダは使えない。では、どうすればいいのか。国内外の多くの研究者が知恵を絞り、試行錯誤を繰り返してきた。

そうした中で2017年、柳澤ULと住友電気工業株式会社の研究者を含む研究チームは、iGS接合という斬新な方法を開発した(図1)。「この方法で接合し液体窒素で冷やしたところ、電気抵抗が見事にゼロになりました。高温超電導体の実用的な超電導接合に成功したという報告は、世界で初めてでした」と柳澤ULは胸を張る。

図1 高温超電導体の線材同士の超電導接合

線材は、金属やレアアース系の高温超電導体が重なった多層構造になっている。この線材を2本並べた上に高温超電導線材の短片を載せ、接合部として使う。線材と短片の間には、高温超電導材料の微粒子をはさみ、約800℃まで加熱する。すると、右の電子顕微鏡写真のように、微粒子の結晶の向きが揃って上下と一体化してつながる。これにより、接合部の電気抵抗がゼロとなる。

MRIにもリニアにも高温超電導電磁石を

柳澤ULらは次に、高温超電導電磁石を実際のNMR装置の中に取り付けた。NMR装置は、「永久電流モード」で運転されることが多い。まず、超電導電磁石を外部の電源にコイルをつないで電流を流した後、外部の電源を切り離した「閉回路」をつくる。この閉回路を冷やし続けて超電導状態を保てば、電流は減らずにずっと流れ続ける永久電流となる。これによって発生し続ける強い磁場を測定に使う。

ただし、閉回路全体を電気抵抗ゼロにするには、永久電流スイッチ(電源との接続を切り替えるスイッチ)とコイルとの接合部分も電気抵抗ゼロでなければならない。そこで、柳澤ULらは、その接合部分をiGS接合で作成した。そして、高温超電導電磁石をNMR装置内に設置し、永久電流を流した(図2)。2018年のことだ。それから2年間にわたり、発生する磁場を精密に測定することで永久電流がどのくらい減っていくかを調べたところ、減少率はごくわずかで、永久電流がゼロになるには300万年以上かかると計算された。

図2 高温超電導電磁石を実装したNMR装置

レアアース系高温超電導体のコイルと永久電流スイッチとをiGS接合でつなぎ、低温超電導線材の外層コイルの内側に置いた。超高磁場の高性能NMR装置の実現には、低温超電導体と高温超電導体のコイルの組み合わせが必要となるため、それを想定しての実験。接合部分は磁場の影響を受けやすいため、コイルから離れた位置に設置した。この超電導電磁石をNMR装置の中に収め、‐269℃の液体ヘリウムで冷やして永久電流を流した。右写真の手前に写っているのは、装置の制御や測定操作を行うためのコンソール(制御盤)。

「2年間永久電流が流れ続けただけでなく、その間に、実際にNMR装置として測定もしています。今回の成功は、高温超電導電磁石を使ったNMR装置の広い実用化に向けた大きな一歩です」と、柳澤UL。もちろん、超電導接合は、線材を何本もつないで長くする際にも役立つ。線材を長くすると、コイルの巻き数を多くして電磁石を強くすることができるため、その点でも「使える」高温超電導接合を実現したことの意義はとても大きい。

さらに、高温超電導体は、手軽なNMR装置だけでなく、これまでにない超高磁場を使う高性能NMR装置の実現にも貢献する。柳澤ULらは、国立研究開発法人科学技術振興機構の未来社会創造事業でそうした高性能NMR装置の開発を進めており、高温超電導接合をはじめ、開発で得られた成果を手軽なNMR装置の実現にも生かしたいという考えだ。

広い実用化へ向けて一つの問題は、高温超電導体の線材は加工に手間がかかるためとても高価なことだ。だが、エネルギー分野などで線材への巨大な需要が生まれれば、製造コストが下がる可能性は高い。そうなれば、NMR装置だけでなく、NMRの原理を応用して体内の様子を描き出すMRI(磁気共鳴画像)装置やリニアモーターカーにも、高温超電導電磁石が使われる日が来るだろう。その日がいつ来てもいいように、柳澤ULは着々と研究を進める。

(取材・構成:青山聖子/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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