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『ゴールデンカムイ』をアクセサリーから読み解くと「人類の縮図」が見えてきた

人気マンガ『ゴールデンカムイ』が最終章をむかえている。明治末期の北海道・樺太を舞台にした、金塊をめぐるサバイバル・バトル漫画として有名な本作だが、丁寧な調査にもとづいて描かれた北方の人々の生活も大きな魅力のひとつである。

今回は、大阪・国立民族学博物館(みんぱく)の研究者で、狩猟とビーズを専門に研究されている池谷和信さんに、アイヌ文化の中でも特にアクセサリーやビーズなどの「装身具」についてお聞きした。

池谷和信

民博・人類文明誌研究部・教授

日本のマタギからアフリカ・極北・アマゾンのハンターまで、世界中の狩猟に参与してきました。近年は、世界各地のビーズをとおして人にとって美しさとは何かに関心があります。

研究よりゴールデンカムイの方がおもしろい

ーー今回は『ゴールデンカムイ』についてお聞きしたいのですが、池谷さんは『ゴールデンカムイ』を読まれたことがありますか?

27巻まで読みました。研究者から見ても「よくここまで調べた!」みたいなことが描いてあって素晴らしいですね。

研究者が調べるようなことを大きなストーリーで描いていて、僕も研究より『ゴールデンカムイ』の物語の方がおもしろいところも多いです!

ーーそんなことあるんですね...!

今日は資料も用意したんですけど(※池谷先生はこの取材のために『ゴールデンカムイ』の感想をまとめた約20ページの大作スライドを準備してくれていた)、すばらしいと思うのは多様な社会・文化の共存のようすを描いている点です。

ーーけっこうありますね!

まずひとつ目は、北海道のアイヌ文化についての描写ですね。

マンガ全体を見ると、実はアイヌについての話が多いわけではないんです。でもその中で、北海道アイヌの文化についてよく調べられて描いている。

たとえば、『ゴールデンカムイ』ではクマの描写がものすごく多いですよね。

ーー本当に多いです。

アイヌにとって、クマは非常に重要なんです。クマは(単なる動物ではなく)毛皮をかぶった神様なんですね。だから、クマに対しては「殺す・狩る」と言わずに、「いただく」という言葉を使います。

それから、彼らは(山から連れて帰ってきた)子グマを育てるんですよ。私はマタギの熊狩りについていったことがありますが、子グマを育てる地域って世界を見てもあまりないんです。

だから『ゴールデンカムイ』で、アイヌの女性が子グマに乳を与えるエピソードには非常に感動しました。

ーーマンガでは2-3コマ程度の短いエピソードですが、専門家の方から見るとまた違った見え方になるんですね...!

それから(物語の後半では)樺太アイヌが登場しますよね。

そもそも、アイヌというのは、北海道・樺太・千島・東北で暮らしていたアイヌ語を使うグループのことをいいます。

彼らが、ある時期から土器ではなく鉄の鍋を使うようになりました。それから、「チセ」と呼ばれる平地の家に住み、「タマサイ」という首飾りを持つようになったんです。

この「鉄鍋」「チセ(家)」「タマサイ(首飾り)」の3つが生まれたことで、アイヌ文化の輪郭ができたという研究者がいるんですよ。

ーー今まで「アイヌ=北の方に住んでいる狩猟民族」くらいのあいまいなイメージを持っていたんですが、そういう定義があるんですね!

中でも、北海道と樺太のアイヌの違いは重要なんです。北海道アイヌは本州に、樺太アイヌは北東・東北アジアの文化に近いんですね。

だから、同じアイヌでもまったく違う暮らしをしていて、北海道はサケを主食とするのに対し、樺太は魚よりはアザラシやトドを捕ることが多いんです。

作中で、樺太アイヌが犬ぞりに乗っているところが出てきますが、樺太アイヌは(アザラシやトドの)肉がたくさんあるから、多数の犬が飼えるんですよ。

だから、樺太アイヌの方では犬ぞりが発達したんですね。

ーー『ゴールデンカムイ』で、樺太に渡ってから犬ぞりがたくさん出てくるなと思ってましたが、そういう理由だったんですね!

そうですね。樺太アイヌはクマと同様にトドが重要で、北海道アイヌがクマを重要なカムイ(神)としているように、トドもまた重要なカムイとしています。

それから、彼らは村に定住せずに、夏と冬で移動します。そういった描写が非常に正確に出てくるのが、『ゴールデンカムイ』のすごいところです。

ーー北海道アイヌだけでなく、樺太アイヌの生活も正確に描かれているんですね。

そうですね。作中では、他にもウイルタというトナカイの群れを飼う民族や、ニヴフという人々も登場します。こういった多様な文化をマンガの中に描くというのは、相当勉強されていると思いますよ。

移民の登場人物も多いですし、このマンガから学べることは非常に多数ありますよね。

あと『ゴールデンカムイ』がすごいのは、(作品の舞台になっている)明治の後期は、研究でわかっていることが少ない時期なんですよ。それを思い切って描いているというのが、このマンガの特徴で、すごい点だと思います。

ーー大変おもしろいです。池谷さんが本当に『ゴールデンカムイ』にいい意味で驚かれているというのが伝わります!

玉への愛情がもっと欲しい

ーー「ゴールデンカムイがすごい」という話だけで白熱してしまったのですが、本題に戻って「アイヌの装身具」についてもお伺いしたいです。

まず、作中によく登場する装身具に、タマサイという首飾りがあります。

タマサイは、ガラス玉をつないだ首飾りですね。

アイヌは、ガラス玉を好みます。特に大きなガラス玉が選ばれていて、大きいものでは直径5cmぐらいのものを使います。

あとは、彼らは青いガラス玉がとにかく好きで、昔から青を多く使ってきました。

正確な理由はわからないんですけど、青というのはあまり(木や花や石などの)自然にない色なので、好まれたのかなと思います。

 『ゴールデンカムイ』をアクセサリーから読み解くと「人類の縮図」が見えてきた

ーーガラスは自分たちで作っていたのでしょうか?

アイヌは自分たちではガラスを作ることはなく、すべて交易で手に入れていました。

文化というのは、自分たちだけで作るものではなくて、北や南からの他の文化と混ざりながら新たなものを生み出していくものです。

なので、(このアイヌのガラス玉文化も)そういうものだと思います。

ーー現代の感覚で見ると、5cmのガラスビーズはかなり大きいのではと思いますが、邪魔にはならないのでしょうか?

そうですね。とにかく重くて大きいので、普段はつけられないですね。

彼女らは、すごく大事な儀式のときだけつけました。

ーー確かに作中でも、つけるシーンはそこまで多くはないですね。

タマサイはすごく重要なもので、単なる飾りではないんです。

母から娘への形見のような意味もあるし、つける場合も、老人などがつけることも多いのです。

ただ、アシㇼパがタマサイをつけているところも描いてますね。

10代のアシㇼパが立派なタマサイをつけることは難しいんですけど、マンガだからあえてタマサイをつけたところを描かれている。インパクトがありますし、アシㇼパのタマサイは、私が作品で一番好きなタマサイです。

ーータマサイが文化のなかで重要というお話がありましたが、作中ではその大事なタマサイを、死んだクマの頭蓋骨にかけるシーンもあります。

そうなんです。そんなに大事なタマサイを、彼らはイオマンテと呼ばれるクマ送りの儀式の際に、祭壇に置かれたクマの頭蓋骨にかけるんですよ。

それほどクマというのは彼らにとって重要で、大事なカムイなんですね。これを描いているのはいいですよね!

ーー作中に登場するタマサイには、ガラスビーズの他に金属板がついていることもあります。

タマサイに円形の金属板が組み合わさったものはシトキといいます。

このシトキというのは「同じ模様がない」と言われるぐらい、たくさんのパターンがあるんですね。実際に、作中ではかなり多様な模様が描きこまれてるんですよ。

ーー細かいところも実際の文化にかなり近づけて描かれているんですね。

ただ、私としては「もっと玉を描いてくれ!」という思いもあるんですよ!

(シトキと違って)同じ柄のガラス玉も多いです。少し野田先生は玉への愛情が足りないような気がしていて......。

ーー金属板と同じぐらい、もう少し玉への愛情も見せて欲しいんですね。

タマサイはやはりアイヌ文化の根幹なので、やっぱりもっと見たいですよね!

ーーぜひ野田先生にこの思いが届いて欲しいですね!

『ゴールデンカムイ』を読むと人類の課題に思いをはせることができる

ーータマサイの他に、よく登場する装身具に「耳飾り」があります

「ニンカリ」と呼ばれる、アイヌのピアスのことですね。

彼らは性別に関係なく、子供の頃からこのニンカリをつけます。材料は、銅・亜鉛・ニッケルなどでできた合金です。

ただ、明治の始めに、男性だけはニンカリを禁止されました。アイヌの女性の入れ墨が禁止されたのもこの頃です。

ーーアイヌは狩猟に出ることが多いですが、ニンカリは邪魔ではなかったのでしょうか?

問題ないですね。私も世界各地で狩りに行くことがありますが、これらは軽いので大丈夫だと思いますよ。

ーー他の装身具として、樺太アイヌが使う「ホホチリ」というものも出てきます。

※注:ホホチリの2文字目の「ホ」は小文字での表記が正しいですが、技術的な仕様上、ここでは「ホホチリ」と表記しています

ホホチリは、樺太アイヌの男の子が10歳ぐらいになるまでつけるものです。

ちょっとこれは私の仮説なんですが、ここで話してもいいですか?

ーーお願いします!

人類の歴史を見ると、ビーズというのは「面」のものと、「線」のものがあるんですね。

で、だいたいの文化は「面」か「線」かどちらかのビーズが使われるんですが、アイヌの場合は、ホホチリのような「面」のビーズもタマサイのような「線」のビーズも、どちらも見れるんですよ。

これは非常に珍しくて、ビーズという視点でみるとアイヌの装身具は人類の縮図でもあるんです!

『ゴールデンカムイ』を読んでいくと、こういう「線」と「面」のビーズがアイヌには使われているということが読み取れるじゃないですか。いや私しか読み取ってないかもしれないんですけど、非常におもしろいテーマを描いてくれているなと思うんです!

ーー想像もしていなかった視点なので大変おもしろいです。

ビーズというのは、だいたい10-12万年前に生まれたと言われてるんです。ビーズは「モノとモノとを繋ぐ」ことで生まれますが、これは人間にしかできないことなんですね。

だから私は、ビーズが生まれた10万年前あたりに、いまの私たちの基礎になる人類の考え方が生まれてきたんじゃないかと思ってるんです。

『ゴールデンカムイ』は、そういう人類の課題に思いをはせることができる良いマンガだなと思います!

ーー「専門家の方から見て『ゴールデンカムイ』はどう見えるのだろう」というのを知りたくて取材をさせていただいたのですが、まさにそのテーマに沿ったご回答をいただけたなと思って大変うれしく思っています。おもしろい話を聴かせていただきありがとうございました!

さらに興味を持った方には現在、北海道白老町の国立アイヌ民族博物館にて「ビーズ アイヌモシㇼから世界へ」という特別展示がおすすめです。

会期:2021年10月2日(土)~ 2021年12月5日(日)

アイヌ博HP:https://nam.go.jp/exhibition/floor2/special/beads2021/

みんぱくHP 動画:https://www.minpaku.ac.jp/ai1ec_event/23703