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オープン戦略としての国際標準化。ユーザーに使ってもらう標準化で新たなマーケットを創る〜知的財産の標準化という新たな当たり前を作る

日本知財標準化事務所(JIPS)知財標準化事業部長藤代 尚武氏

オープン戦略としての国際標準化は、これまで自社でクローズし独占してきた知的財産(知財)を開放することで広く多くに使ってもらうといった方法であり、これまで多くの事業で成功事例を生み出し、多様な市場の拡大に即してきました。このような企業の新たな事業展開や業務提携等において考慮すべき「標準化」について皆さんはどれくらいご存じでしょうか。今回は、知的財産の標準化に焦点をあて、2回にわたって概念説明と事例紹介を致します。前編は、日本知財標準化事務所の知財標準化事業部長、マーケット・クリエイション・プロデューサーである藤代尚武氏に、これまでの日本での標準化が抱えていた課題や、国際標準化の進め方について解説頂きました。

トヨタ自動車株式会社は2015年、燃料電池関連の特許実施権を無償で提供すると発表しました。このように、自社の技術を標準化して広く普及させて多くの企業に使ってもらい市場を拡大することを「オープン領域」、自社で知財を独占するクローズ領域を組み合わせた企業戦略を「オープン・クローズ戦略」と言います。もちろん、自社に特許などの知財や独自のノウハウがなければなりませんが、これらクローズ領域の一部をオープン戦略として国際標準化する、つまり開放して広く多くに使ってもらうといった方法がこれまで多くの事業で成功事例を生み出し、多様な市場の拡大に即してきました。また、国際標準化したルールをユーザーに適用し、認証を行うことで、自社の技術や製品の品質を保証し、市場での優位性を確保することができます。日本知財標準化事務所(Japan Intellectual Property Standards Office、以下、JIPS)は、オープン・クローズ戦略のうち、特にオープン戦略を専門に設立された特許事務所です。同事務所の知財標準化事業部長、マーケット・クリエイション・プロデューサー、藤代尚武氏に標準化とは何か、どんな方法で標準化するのかなどをうかがいました。

「規制」と「標準」の定義、従来の日本式標準化の課題

──── 経済産業省が2014年から新市場創造型標準化制度を始めましたが、この標準化とはいったい何でしょうか。藤代氏(以下同):産業界には工業製品やサービス、技術などに関するさまざまなルールがあり、これについては大きく2つの分類があります。1つは政府が法律に基づいて決めた規制(レギュレーション、Regulation)です。例えば、家電製品では感電や漏電などを防止するため、電気用品安全法という法律があって基準適合義務、適合性検査などをクリアしなければなりません。こちらは必要最低限のルールです。もう1つはスタンダード(Standard)とよばれる規格、標準です。家電製品でいえば、先述した漏電などの安全性以外の機能の評価方法などがスタンダードで定められています。例えばISO(International Organization for Standardization、国際標準化機構)、JIS(Japan Industrial Standards)といったものがよく知られているスタンダードです。スタンダードでは、工業製品などの寸法、形状、材質といった要素に関する取り決めを文書化しますが、これを標準化する(スタンダーディゼーション、Standardization)と言います。──── 日本でも標準化が行われてきたというわけですか。日本での標準化は、大企業から中小企業まで同じ製品を作る同業他社のメーカーが集まり、みんなで同じものを作ろうということで満場一致でルールやスタンダードを決めてきました。一方、欧米では個々の企業が主導してスタンダーディゼーションし、関連企業がそのスタンダードに従うことで標準化を進めるようなこともよくあります。──── 日本の標準化の方法に弊害があるということでしょうか。もちろん、無色透明のいわば「お座敷」を提供するためには日本の工業会にも良いところはたくさんあります。しかし、ある新しい製品分野や技術が出現した場合、なにかのスタンダードを決めようとしてもたくさんの企業が集まっていますから、合意形成して決定するにも時間と手間がかかってしまい、海外の競合製品に勝てないということがでてきました。また、特定の企業の優れた技術で標準化をしようとするとき、お座敷の場で日本では足の引っ張り合いのようなことも起きてきます。あるいはお座敷(工業会)そのものが存在しないことも多々あります。──── 国際標準化の流れに遅れてしまうということでしょうか。日本の問題が特にあらわになってきたのは2000年代に入ってからです。欧米企業がいち早く国際標準化した規格に日本企業が従わざるを得ないようになってきました。例えば、スマートフォンが象徴的です。日本ではガラパゴス・ケータイと揶揄されるように、技術的にも規格としてもクローズドの状態が長く続き、スマートフォンの技術開発が遅れました。そのため、スマートフォンに関係する国際標準化で日本のものはまったくないということになりました。スマートフォンのようなことが起きないために、日本の個々の企業がもっている優れた技術や知財を、従来の工業会などではなく、特定の企業が集まった場で標準化しなければなりません。──── 従来の日本の工業会では対応できなくなっているんですね。そうです。さらに現在では一つの製品を作るために多種多様な技術が分野の垣根を超えて絡み合っています。日本の縦割りで単一の工業会や業界団体などで国際標準化するには対応が難しくなっています。例えば、十数年前に青色LEDが発明されて一般照明として使おうとした際、ライバルである白熱灯や蛍光灯を作っている工業会に標準化してほしいといってもなかなか進まなかったということがありました。しかし、分野横断型の新技術や新製品が出現するたびに新たな工業会を作っても、同じことの繰り返しになってしまいます。そのため、従来の日本式ではない標準化のためのプラットフォームが必要ということで、2014年に経済産業省が新市場創造型標準化制度というものを作ったというわけなんです。

オープン戦略としての国際標準化。ユーザーに使ってもらう標準化で新たなマーケットを創る〜知的財産の標準化という新たな当たり前を作る

経産省の標準化のための制度、標準化をするための条件

──── この制度で具体的に標準化はどのような方法で行うのでしょうか。新市場創造型標準化制度には、標準化のルールメイキングの場のための期間限定で作られる原案作成委員会というものがあり、これは各工業会もやることになっていますが、そこにお座敷を提供して標準化、つまりルールを作るか、作らないか、ルールを作る場合に関係する企業や団体を取りまとめてルール作りを先導する役割が必要になってきます。例えば、ある分野横断的で特定の工業会もないような新技術を開発した企業が、その技術を標準化したい場合、経済産業省に原案作成委員会を作ってほしいと申請することになります。すると、その技術を使う側、ユーザーの意見を聞いて委員会を設立するかどうか決めます。自動車のワイパーに代わる機械式ではない新技術を発明した企業があったとしても、ユーザーである自動車会社からそんなワイパーは必要ないといわれれば標準化はできないので委員会も作られないことになります。──── この制度でJIPSはどのような役割を果たしていますか。私たち、JIPSの役割は、経済産業省の新市場創造型標準化制度を活用したい企業や団体、個人が申請する際のお手伝いをしています。申請企業、潜在的なものを含めたユーザーなどの利害関係者による原案作成委員会などを立ち上げたりするアドバイス、申請の予行演習などを行っています。

──── 市場やユーザーがなければ難しいんでしょうか。もちろん、実際には新市場でまだユーザーが存在しなかったり、新技術を使うかどうか躊躇するユーザーもいるケースもあるでしょう。その場合、標準化の支援をする一般財団法人日本規格協会(Japan Standards Association、JSA)という組織があり、事前にそちらへ相談することが一般的です。すると、潜在的なユーザーへ打診し、委員会に参加してもらえないかと誘うわけです。──── ユーザーがいれば標準化できますか。特許とは違い、標準化する製品や技術は、スペックや評価方法についてある特定の企業や団体だけが実現できたりクリアできるものではなく、一定の水準の技術力やノウハウをもった他社や他団体でも実現可能なスペックやクリア可能な評価方法でなければなりません。原案作成委員会では、そうしたスペックや評価方法が特殊技術や特殊技能がなくても可能な汎用性があるかどうかも判断します。──── 国際標準化は技術やサービスでなければならないのでしょうか。製品や技術ではなく評価方法の標準化があります。例えば、お醤油の容器に、空気を入れずに密封し、酸化させないという特許技術を持っている会社がありますが、その技術ではなく真空度、密着度の評価方法でJISを取得したという事例があります。化学製品分野で空気が入らない技術を用いるという潜在的なユーザーの存在が出てきたため、お醤油とはまったく別の分野なので経済産業省の新市場創造型標準化制度に応募して標準化したんです。

──── 評価の方法も標準化になるんですね。そうです。これまでになかった分野の国際標準化事例としては、自動車からシートベルトを切断したり窓ガラスを割って脱出するツールを作っている会社が、同じように脱出する際の評価を国際標準化していることもあります。いい加減に作っている海外製品などは自動車の窓ガラスを割れないなど、この評価基準を満たすことができないというわけです。このように、分野が単独なのか分野横断的なのか、ユーザーが新規なのか潜在的なのかなどによって、標準化できるかどうかが決まってきます。

知的財産(特許)と標準化の関係、標準化するメリット

──── オープン・クローズ戦略のクローズ領域についての扱いはどうなりますか。特許などの知財(知的財産)との関係ですが、ある企業が持っている特許を使っての標準化は可能です。ある標準化の技術に例えばA社の特許を入れるか入れないかは、標準化を決める組織や団体の構成メンバーの判断によって決められます。みんなが使いたくなるような特許なら、その標準化技術を使う場合にはライセンス料を支払わなければなりません。もちろん、QRコードのように特許を持っている個人なり企業が無料で提供する場合もありますが、標準化された技術の中で使われる特許のライセンス料は、ユーザーによって値段を変えず、使用条件なども平等なものでなければいけません。──── 知財の保護という観点での不安はありませんか。自社の技術に関し、まだ知財として権利を確保していない場合もあり、技術が流出してしまうのではないかという不安もあると思いますが、標準化する際に技術的な開示は必須条件ではありません。例えば、樹脂と金属を接合するまったく新しい技術をおもちの経営者さんの場合、新技術なため、その方法で本当に樹脂と金属がくっつくのか確認しようがありません。その技術を国際的に広く知ってもらうために、評価方法をISOで国際標準化して接合度や強度などを明確化したという事例もあります。──── 広く使ってもらったり市場を拡大するための標準化という考え方もあるんですね。特許は守られた権利ですが、標準化のほうはユーザーに使ってもらわなければなりません。ですから、必ずしもトップレベルやハイレベルの技術でなくても、安全性や安定した品質といった観点からの標準化もあり、知財との連携、潜在ユーザーの存在やその企業の戦略、技術の内容などによってケースバイケースで多種多様な標準化の方法があるんです。──── 技術のレベルは標準化には問題ではないんですか。その技術のレベルが高いか否かは標準化とはあまり関係はありません。例えば、現在の多くの中国企業は国際標準化に熱心ですが、彼らはボリュームゾーンを狙っています。彼らとしては、標準化によってその技術が広まれば結局は自社の製品も売れるだろうという発想なんです。──── 競合他社が標準化に合意するものなのでしょうか。例えば、A社の技術を汎用化して競合他社のB社、C社に使ってもらい、業界の標準化技術にしようと考えた場合、3社は競合していますが、各社はそれぞれ単独でやろうとしても市場はなかなか広がりません。ユーザーが増える手応えの予想できる多くのケースで、B社、C社といった競合他社もA社の技術の標準化に同意する傾向があります。

──── 業界全体にとっての市場拡大がインセンティブになるんですね。あるいは、ユーザーからの要望で標準化へ動くというケースもあります。例えば、建設・工事現場で無人搬送用のロボットが進出し始めていますが、こうしたロボットでは汎用性の高い部品を標準化すれば製造コストを安く抑えられます。そのため、独自のロボットを各社で開発している大手建設会社、つまりロボットのユーザーの側から部品を作る製造メーカーに対し、共通部品を標準化してほしいという要望が出たりします。──── 標準化するためのコストについてはいかがでしょう。町工場レベルの会社でも経営者に自社の技術やサービスに対して自信と覚悟があれば、標準化することは可能です。実際に小さな会社でも国際標準化した事例は少なくありません。ただ一般的に、ある企業の特別な技術を標準化しようとすると、同じレベルの技術力をもって評価基準を満たす企業が一定数いなければなりませんから、そうした企業を探し出したり、評価方法を説明できるだけの能力を持ったスタッフが必要になり、ある程度のコストはかかります。──── 日本の産業界にとって国際標準化が持つ意味はどんなものでしょうか。日本企業の技術力がまだ高いうちに、国際ルールを作るべきです。国際標準化できなければ、海外の粗悪品も排除できません。中国企業が国際標準化に熱心なのは、中国製品がまだ粗悪品というイメージが強いからです。中国企業は自ら標準化を作ることで、そのイメージを払拭していこうとしているわけで、キャッチアップされないうちに日本独自の国際標準化を進めておくべきです。藤代氏は、これまで多くの日本企業にはJISでもISOでも「与えられるルール」という概念が多かったと言います。その既成概念を変えていき、自分たちでも独自のルール、国際的な標準化を「作ることができる」という意識変化を起こしていきたいそうです。戦後の日本の産業界は業種業界や地域による工業会中心の標準化が主でした。これまでは大企業でさえ、自社が国際標準化を作れるという発想はほとんどありませんでした。しかし、技術分野も横断的になり、市場もグローバル化が進んでいく中、自社の技術やアイディアを活かすための国際標準化では、工業会に依存せず一企業単独でJISやISOなどを取得することを視野に入れた企業戦略が必要になっていくというわけです。

文/石田雅彦

日本知財標準事務所(JIPS)正林国際特許事務所グループとして設立され、2020年9月時点では国内唯一の知財で新市場を創造する特許事務所。知財の国際標準化戦略を提供する「新市場創造戦略コンサルティングサービス」、「新市場創造調査サービス」、「新市場創造のための知財構築サービス」、知財を使ったプロダクト及びバリュー・チェーン下流の知財の国際標準化による「新市場創造支援サービス」など提供する。日本知財標準事務所知財標準の詳しい情報を発信知財で新市場を創造するマーケット・クリエイター PR:日本知財標準事務所(JIPS)