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納豆は食べ納め?酒造シーズンの到来を告げる「蔵入り」を迎えた蔵人が準備するもの

あちこちで稲の収穫が話題にあがる頃、酒造りの始まりを告げる「蔵入り」の準備が始まります。

「蔵入り」というのは、酒造りをするために酒蔵へ蔵人がやってくること。杜氏と蔵人が揃って、いよいよ酒造りが始まる日のことを「造り始め」と言います。

「造り始めは何日からですか?」なんて話を、他所の蔵人とするのもこの季節。造り始めは11月という蔵もあれば、10月からやっている蔵もあります。なかには「9月から始めるよ」「8月の中頃からだった」という蔵もあるようですね。搾りたてのお酒を届けるために設備を充実させ、三季醸造や四季醸造に取り組むところは珍しくなくなってきています。

季節に関係なくお酒を仕込む三季醸造や四季醸造では、通年雇用の社員蔵人が酒造りをします。しかし、年間を通して酒造りに取り組む蔵人がすべての酒蔵にいるとは限りません。季節雇用の蔵人は今も健在です。

かつて、地方から杜氏が蔵人を束ねて酒蔵にやってくる光景は当たり前でした。そもそも酒造りは、米作りをしている農家が冬の仕事として行っていたもの。地方の出稼ぎ労働者が集まって酒造技術を学び、日本全国の酒蔵で腕を奮っていたのです。現代でも有名な南部杜氏や能登杜氏などの杜氏集団もそうして生まれました。秋に米を収穫してから春に田植えをするまでの仕事として「寒造り」の酒造業がぴったりだったのでしょう。

蔵入りの前に、準備をしておきましょう

さて、蔵入り前にはたくさんの準備をしなければなりません。

まずは衣類を買いに行きます。長靴やズボン、つなぎ、パンツ、シャツなどに加えて、防寒具を買っておくと安心です。厳寒期の作業は身体の芯から冷えますが、一方で大量に汗をかく力仕事もあるので、シャツは頻繁に着替えます。

麹担当になれば、最高で50℃にもなる麹室で作業をするため、その何倍も汗をかくことになるでしょう。しかし、この時期に販売されているのは秋冬物の衣類ばかりで、夏物のTシャツは見当たりません。そこで、季節が変わる前に速乾性のある涼しそうなシャツを買い込んでおくのがベストです。

納豆は食べ納め?酒造シーズンの到来を告げる「蔵入り」を迎えた蔵人が準備するもの

ほかにも、髪の毛が混入しないように短くしておくという蔵人もたくさんいます。ひげや爪もきれいにしておきましょう。

蔵に着くと、まずは持ち場の掃除から。春に片付けた酒造用具の確認や煮沸消毒、床や壁の拭き掃除、アルコールやオゾンを使った殺菌などを行い、蔵の中をニュートラルな状態にします。造りが始まってしまうと、忙しくて手が回らなくなる部分もあるので、この段階でできる限りていねいに掃除をしておかなければなりません。

「道具を殺菌すると、蔵付きの菌が死んでしまうのでは?」と聞かれることもあります。しかし、私の蔵が取り組んでいるような現代的な酒造りでは、蔵付きの菌はあまり重要視されません。酵母については、蔵付きではなく純粋培養させたものを使うのが安全醸造の基本になっています。それでも、蔵癖(くらぐせ)と呼ばれる各蔵の個性は蔵付きの菌によるものというのが通説ですね。

酒造りにどのくらい寄与しているかはわかりませんが、しぶとく残っているものも多く、神棚に置いてある御札の裏など、普段の掃除では手の届かないところにいるようです。

杜氏が製造計画のひとつである洗米予定表を組み始める頃になると、米の入荷が始まります。

酒米は1俵(60kg)あたり15,000~18,000円での取引が多いです。等級はもちろん、産地やブランドによっても価格は大きく変化し、兵庫県産の山田錦には1俵で4万円近いものもあります。酒造りにおいては、さらにこの米を精米しなければなりません。たとえば50%精米なら、買ってきた玄米は半分の量になって、残りは糠。もったいないという気持ちもありますが、それだけ気を遣って仕込まないといけないのです。それこそが、吟味して醸造する「吟醸」ということなんでしょう。

仕込みの計画ができたら、蔵人はそれを見ながら自分が所属する部署の計画を立てます。いつまでに麹室を掃除しよう......この日までにあの機械を修理しておかないと......毎年のことながらスケジュールはかなりパツパツで、追われるように作業をしています。

恒例行事を終え、長い冬が始まる

自宅に戻ると、今シーズン最後の納豆を食べます。特に麹を担当する部署では「枯草菌(納豆菌)が麹の質を下げる」と言われ、昔から厳しく指導されているのです。枯草菌は芽胞(がほう)と呼ばれる、熱殺菌や特定の薬剤、乾燥に耐える殻を持った胞子をつくり出し、麹室の中で大繁殖することで麹を汚染します。

また、乳酸菌が醪に入ってしまうと、増殖して酸度を上げる要因になってしまうことも。近年は腸まで生きて届くような菌が選抜されているため、アルコール耐性の強い菌も多いのです。納豆やヨーグルト、キムチなどは造りの期間中に食べないようにしているので、蔵入り前に食べ納めをしておきます。

蔵入りのときには、今年の計画や酒質を改善するための策、今後の展望などについて会長や社長からの挨拶があります。その後には「顔合わせ」という飲み会も開かれるんですよ。

今年も始まる酒造りにどこか面倒くささを感じることもありますが、蔵入りしてしまえば"いつものこと"。ひとつのチームとして、大きな目標に向かって動き出します。これから、長い冬が始まるのです。

(文・イラスト/リンゴの魔術師)