12

May

急激なスタグフレーションに陥るロシア経済

ハイパーインフレの状況にあるロシア経済

NRI研究員の時事解説

 急激なスタグフレーションに陥るロシア経済

ウクライナ侵攻を受けた対ロ制裁措置によって、比較的良好だったロシア経済は急速に悪化に向かい、ロシア国民の生活環境もにわかに悪化している。ロシアのウクライナ侵攻が起こった週には、ロシア国内の銀行から2.5兆ルーブル(約2.5兆円)の預金が引き出された。他方で、ロシアの消費者は、身の回りの生活用品の品不足と価格上昇に直面している。制裁措置による輸入品の減少、ルーブル安による輸入品の価格上昇が背景にあり、消費者による買い急ぎが、それらに拍車を掛けている。テレビ、掃除機、スマートフォンといった電化製品、グラニュー糖などの食品、そして医薬品の価格上昇が足元で目立っている(コラム、「ロシアで進むハイパーインフレ。旧ソ連型物不足・インフレになるか」、2022年3月18日)。ロシア連邦統計局によると、消費者物価は2週連続で前週比2%以上、上昇している。これは1年間で物価が2倍以上になるペースであり、ハイパーインフレの状況と言えるだろう。ロシアのSNSでは、棚に商品が並んでいないスーパーマーケットや砂糖、小麦粉、そば粉をまとめ買いする消費者の映像が載せられている。ただし、食料品、特に生鮮食品は、電化製品や医薬品などと比較すれば、そこまで品不足感が深刻でない可能性がある。それは、輸入品の比率が相対的に低いからだ。2014年のクリミア併合後、欧州諸国の制裁措置によって生鮮食品の輸入が制限されたことから、ロシア政府はその後、国内での食料品生産を拡大させてきた。輸入原材料、部品の減少が国内製品の生産の障害となることから、今後は輸入品だけでなく国内品の不足も深刻になっていくだろう。価格上昇は生活必需品で目立っていることから、それらは中低所得者層の生活を圧迫する傾向が強いだろう。

ロシア経済は激しいスタグフレーションに

データグループのモーニング・コンサルタント社の調査によると、月収5万ルーブル(約5万円)以下の中低所得層の半分は、3月15日時点で、前年と比べて生活環境が悪化したとしている。生活環境が改善したという回答比率から悪化したという回答比率を引いた数値は、2月最終週には+2%ポイントを上回っていたがその後急落し、3月第2週には-6%ポイントに近付いている。ロシア経済はこの先急速に悪化に向かうだろう。ロシア中央銀行は18日に、政策決定会合の声明文で、「ロシアに対する貿易・金融制限により、多くの業界で生産や物流が困難になっている」と述べる一方、ロシアのGDPが「今後、数四半期にわたって縮小する」との見通しを示した。また、ハイパーインフレの状態が続く中でも、通貨防衛のために2月に9.5%から20%にまで引き上げた政策金利を今回は据え置いた。景気への悪影響に配慮したためである。またプーチン大統領も16日に、年金給付と公務員の給与を引き上げる考えを示している。物価高による国民生活の悪化が、政権批判に繋がることを強く警戒している面もあるのではないか。国際金融協会(IIF)は、2022年のロシアの実質GDP成長率が-15%になるとの見通しを示した。従来の見通しは+3%だった。1月時点での国際通貨基金(IMF)のロシアの成長率見通しも+2.8%と堅調な成長を見込んでいた。主要国では、物価高騰と景気悪化が併存するスタグフレーションへの懸念が燻っているが、ロシア経済は、ハイパーインフレと経済の急速な縮小が併存する、とりわけ急激なスタグフレーションに陥ることが避けられない状況となってきた。(参考資料)“Panic buying and steep price rises empty Russian shelves and wallets“, Financial Times, March 18, 2022木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト)---この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。

木内登英